香港に数日行っていました。
写真はホテルの前で適当に撮ったやつなので、あまりいい写真じゃありません。
僕もあまり詳しくはない上に、ニッチなあれなので、説明してもあまり伝わらないとは思うんですが、まあ、でかい国際映画祭には、だいたいマーケットってやつが併設されてるんですね。
映画祭ってのは、映画を上映するだけではなくて、いわゆるバイヤーとか色んな人が来ますから、併設されたマーケットというもので、映画が売り買いされたりするものなんですね。
で、よく賞が話題になったりしますけれども、あれは基本、マーケットではなく、映画祭の方の話ですね。
しかもコンペ部門という部門でありまして、これは、まあ日本語だと招待って言われるのでわかりにくいんですが、何千という応募の中から選ばれた10本とかしか入れない部門でありまして、たとえ賞をとれなくても、コンペ部門に入るだけでも相当にすごいことではあるわけです。
入選というニュアンスの方が、本来は近いでしょう。
まあコンペにも、メインコンペとか色々ありますが、賞レースに乗っかること自体、大概がすごいことですね。
逆に、コンペじゃないものは、金払ってマーケットで全員参加、みたいなものがほとんどでありましょう。
この辺、一般の人や、なんならマスコミでもめっちゃくちゃに報じられることが多くて、そもそもコンペ部門じゃねえから、金でぶっこんだだけだから、みたいな映画を「受賞なるか!?」とかいって報じてるしょうもないケースもよくあります。
それ絶対賞とれねえというか、賞レースに入ってすらいねえから!みたいな。
もちろん、武の映画なんてのはカンヌとかのコンペ部門であります。
で、僕は今回は、マーケットの方に行っていたんですね。
ただ、これがまたややこしい話なのですが、時に、企画マーケットという形で、映画の企画のコンペをマーケット側が主催するケースもあるわけなのですね。
これは、応募のあった企画が審査され、選ばれた企画のみがコンペ対象として、ビジネスマッチングの機会を与えられ、さらには賞の授与もある、つまるところ、そういったものなのでありまして、まあほとんどの人が知らないとは思うのですが、香港国際映画祭のこのマーケットのコンペは、その界隈じゃあけっこう有名なやつなのです。
で、僕はそれに行っていたのです。
長々書いてきましたが、僕は一応、企画を出して、それこそ世界から何百という応募がある中で、20企画くらいだかとして選ばれ、コンペ対象として香港に行ったのだと、なんなら飛行機代と宿泊費とかは全額向こうが払ってくれて行ったのだと、これを強調したいがために、ここまで言葉を重ねてきたのです。
まあ早い話が自慢なのですが、あまりにも話題にならなかった上に、金払ってマーケットに来た観光客みたいなロクに事情を知らない日本人のおっさんに「僕もあっちにブース出してるんですよ。一緒ですね」みたいな態度とられてキレそうになったりで、もうとにかく、なんで日本人の多くはこんなに事情を知らないんだ、と激しく憤ったので、誰も読むことのないこの場所でくらい、自慢させてください。
まあ、結果からいいますと、受賞はならなかったんですけどね、僕の企画以外のほとんどは、総予算5億とかそんなのなんですよ!
そもそも、よくもまあ、僕みたいなもんのくそ安い企画が入ったもんでしょう。
まあ、受賞とかだけでなく、普通にビジネスマッチングの場ですし、それはちゃんとやってきたので、別に賞はいいんですけども、受賞しなかったらクソとかすぐ言われたり思われたりするんでね、これだけは言わさせてください。
そんなことはない!
理由は上に長々書いてきましたがね、そんなことはないのです。
で、こんだけ長く書いてきて、ここから本題なのですが、その期間中に、いくつかのパーティーに誘われまして、まあしょうがないので出席してきたんですね。
これがもう、ほんとしょうもないというか、なんでしょう、とにかく不健全だなと感じたのです。
僕のいたコンペのパーティーとかはいいんですよ。
みんな、自分の企画やクリエイティビティに自信を持っていて、だからこそ、相手もすごい奴なのだ、君も選ばれて来たのだろう?みたいな感じで、対等に、相手と意見を交わし合い、健全にクリエイティブというものと向き合った、素晴らしい空間です。
ああいうのがあるからこそ、あの場に憧れるというのもあるくらいです。
問題は、金にものいわせて、なんの哲学もない、映画というものをロクすっぽしらない、クリエイティビティの欠片もない、ただ、そういう空間に憧れているだけの人たちが主催した、日本人だけの、バカみたいに派手なパーティーです。
彼らにとっての映画は、酒、金、女、それを手に入れるための手段にしか過ぎないのですね。
もしくはただのミーハー、下手の横好きです。
ロクな作品もつくれず、選ばれもしなかったおっさんが、偉そうにガハハと笑いながら、むしろこっちをバカにしてきたりもする。
ああいった場で一番偉いのは、金持ってる奴でも、女はべらしてる奴でもなくて、最もよい作品をつくれる奴、そうなるべきだと僕は思います。
あんなしょうもねえ人間がはばかっている場なんてもんからは、新しいものなど何一つ生まれません。
あんな場からは、金を生み出すシステム、ヒットを生み出すシステム、と彼らが盲信するものによって、くそみたいな作品が、バカみたいに量産されていくだけです。
ほんと、僕が彼らの立場だったら、恥ずかしくてあの場にいれないですよ。
プロデューサー気取り、クリエイター気取りの人間の、いかに多いことか。
ああいう奴らが、日本の文化のレベルをガンガン下げていっているのだと、ほんとまじで気付いて欲しいですよ。
あいつらバカだから、自覚がないんですよ。
だって、ああいった手合いは、もうとにかく声と態度がでかいし、性欲が尋常じゃないし、金もバカみたいに持っているでしょう。
だから、なんか勘違いするんですね。
俺は偉い、みんなもそれをよいと思っている、と。
しかも、明らかに接待用の姉ちゃんと思われる人とかが、軽く仕切られた空間に待機してて、おっさんが帰る時に呼び出されて、さっとついて行かせたりしてるんですよ!
ほんと、嫌悪感しか感じなかったですね。
そういうのは、せめて人に見せないで、勝手にひっそりとやってくれよと。
ああいう奴らはその辺さえも、自分の偉さを強調するために、あえて見せてくるんですよね。
どんだけ不安なのかわからないですけど、もうほんと、なんか気持ち悪いですよ。
まあ別に、そんな人がいてもいいんですけどね、とりあえず、あそこをクリエイティブな場だと言い張るのであれば、そこは別のものとして考えてもらいたいですね。
全くもって自己が作品というものに飲み込まれていない。
むしろ作品やクリエイティビティが、自己顕示欲と性欲に飲み込まれている。
まあ、確かにああいった世界は華やかですからね、憧れるのもわかりますよ。
僕だって憧れていますしね。
しかし、それならそれ相応に、ちゃんと表現と向き合って、ああいった場にいるべきだと僕は思いますね。
それが、僕みたいな、才能の乏しい人間がああいった場にいる、最低限の礼儀というものだと僕は思いますね。
ほんと、てめえくそつまんねえんだよ、のさばるな、とか、よっぽどはっきり言ってやろうかとも思ったんですけどね、まあその勇気はなかったですね。
こわいですからね、ああいう奴らは。
まあここに書くのもあれかもしれないですけどね。
そうしたら消しますか。
いやー、しかし腹たったなあ。
ほんとくだらねえわ。
Posted by 北川 on 3月 30th, 2014 :: Filed under
日常

おかげさまで11年目です。
先日、会社の4月からの新体制が発表されまして、今年も無事、転勤もなく本社勤務となりました。そろそろローテーション的には危ないのだけど、仕事に対して後ろ向きだと飛ばされかねないので、逃げるより攻めろの精神で何とか今年も生き残りました。まあそもそも頑張れる環境にいることの幸運が前提としてあるんでしょうが。
具体的に何かあったわけではないけども、Twitterとかで誰かに愚痴を言ったり、不満をこぼしたりしている人をよく見かけるけども、あれは普段から愚痴っぽい人なんだろうか、それとも我慢ばかりしている人なんだろうか。王様の耳はロバの耳的な感覚だとしたら、かなり聞こえてしまっている。
かつて第一回WBCで日本代表が優勝して、次の監督に原さんが指名されたとき、前任の王監督へのインタビューで「原監督は相当なプレッシャーだと思いますが?」という質問に、王さんが「彼は大丈夫。明るいから。」と言っていたのをよく思い出すのだけど、内面はどうあれ、やっぱり対外的に明るい人っていうのは素敵だなあと思います。
ちなみに僕は明るくはないですが、前向きな方だと思います。いいね!
Posted by 堀田 on 3月 25th, 2014 :: Filed under
日常

足場の強度が気になる。
東京ではまだまだどんどんビルが建てられていて、大手町とか、まだ作るんかと思うほど建設中のビルが多くてシティ派の僕としては嬉しい限りですが、足場の上を悠々と移動する鳶の人とか見ると本当にすごいなあと尊敬してしまいます。
高所恐怖症の僕としてはこの足場の強度が気になるところで、つまりどれくらいの風でどれくらい揺れるのかとか、やんちゃな人がわざとガタガタ揺らしたりしたときにどれくらい大丈夫なのかとかが、乗らないけど、すごい気になる。てか人が揺らすのは大丈夫だとして、地震になったら思いっきり下から揺らされるわけだから絶対危ないと思うのだけど、どうなんだろう。「震度7にも耐える足場」とかあるんだろうか。
なんかあんまり足場の耐震性を重視してたらビルを作ってるんだか足場を作ってるんだかよくわからなくなりそうだし、やっぱりある程度弱いモノだと思うのだけど、でも地震で崩れて死んだりしたら大変だしね。そこは「うまく崩す」とかそういう技術があるんでしょうか。いやー気になります。
Posted by 堀田 on 3月 19th, 2014 :: Filed under
日常
ご無沙汰しております。
最近、かなり時間がなくて、更新できていません。
すいません。
色々と完成させないといけないものがあるのですが、押せ押せになっちゃってて、ほんとちょっと責任感で頭おかしくなりそうです。
そんな中ではありますが、何日かに一回は映画を見に行っています。
まあ、それがいけないのかもしれませんが、いま行かないと終わっちゃったりするんで。
で、その中で、画像のもの見に行きました。
大衆的な映画だとナメてかかる人も多いかもしれません。
が、間違いなく素晴らしい映画だと思います。
メリーゴーランドのシーンは言わずもがなですが、北川景子が錦戸くんの寝顔を見るところなんかも涙止まりません。
というか、他にも様々素晴らしいところがあり、なにより色々長く書きたくなる映画なんですが、あんまり時間ないもので、これで。
もうすぐ終わっちゃうんで、ぜひどうぞ。
Posted by 北川 on 3月 18th, 2014 :: Filed under
日常

センスとか能力とか、そういうこと以前に大事なのは、やはり客観性というやつだろう。自分の出し物が、他の人からどう映っているかということだ。客観性を欠いた出し物は、単に演者が青春の汗を散らせただけで終わる。柴田が演劇を観たあとによく怒っているのはそれだ。
これまた難しいのが、じゃあ客観性があれば面白いかというと当然そうは言えない。見てて最初は全然ついていけないんだけど、あまりにポジティブで進み続ける表現に、いつの間にかハマっていた、などという経験もあるだろう。見ている人の顔色を窺っていてもダメで、味方がたとえ自分一人でも続けなければならないこともある。それは前提に置いたうえでの客観性だ。
写真の鈴木さんを例に取ると、これは客観性を欠いた、世界中が自分の味方(ファン)であるということを前提にしたポジティブな表現だ。何も悪いことをしていないのに、悪口の対象になりうる隙がある。具体的にはつま先がちょっと上がっている部分が腹立つだろう。
僕は何も鈴木さんのダメ出しをしたい訳では無い。これはこれでいいのだ。なぜなら、この雰囲気は僕が要求したものだからだ。
Posted by 徳尾 on 3月 14th, 2014 :: Filed under
日常

パナマ運河が意外に狭い。
昔から大変有名なパナマ運河が、写真で見たらびっくりするくらい狭かった。まあ、この写真はパナマ運河の一部しか表していないのだと思うけど、それにしても船一隻しか通れない(どうやら二車線あるみたいですが)というのは意外でした。なんか道路みたい。でもここを通らないと大陸をぐるっとまわらないといけないのだろうから、やはり要所なんですなあ。
あと全然話が逸れるけど、昨日は震災から3年ということでいろんなニュース番組で特集を組んでいて、復興がいまだに進まない現状だとか、原発職員の現場とか、頑張っているボランティアとかが中心で、なんというか、末端の現状を報じるだけで、それがなぜなのか、みたいな部分があまり分からなくて、なんだかなあと思ってしまいました。核心を突いていないというか。原発がなぜなくならないかとか、なぜお金がうまく使われないかとか、いろいろあるでしょう。
「震災を風化させてはいけません」みたいなことをみんな言って締めるのだけど、それなら震災特番とか言って、一日中放送するくらいやってもいいのにと思う。確かに毎日震災の話するものあれだから、せめて3年目とかの日には一日中やればいいのに。一日やれば、どうしても核心を突かざるを得ないだろうし。なんか、ニュース屋さんも思いっきり風化してるじゃん、みたいな印象。「笑顔」とか「絆」とかもいいんですけど、それって全然根本を見ていないというか、そんなことより「分析」が必要だと思いますけどね。
まあ結局なにが言いたかったかというと、パナマ運河が思ったより狭いということです。
Posted by 堀田 on 3月 12th, 2014 :: Filed under
日常

最高傑作でした。
ここ最近、隙を見てはドラクエⅢをやっています。スーパーファミコンでのリメイク版をやっているのだけど、小学生のときに姉ちゃんと一緒に胸熱くしたあのファミコン版の方がやっぱり面白かったなと改めて思います。ラスボスのゾーマがあらわれた時には鳥肌が起ちました。名前も、デザインも、音楽も、何もかもが洗練されていた。こんな奴に勝てるのかよっ!とか言いたくなる感じね。
会社の後輩らの世代だともうファミコンと言ったらスーパーファミコンを指すらしく、あのファミコンは「なんかあったみたいッスねw」というレベルだったりしてびっくりである。「ドラクエを終えるときはリセットボタンを押しながら電源を切らねばならない」なんて、笑われそうで言えやしない。
当時はバグが「裏技」として広まったりと、あの不安定さもよかったと思うけど、僕は昔「ナイトガンダム物語」というRPGをやっていて、かなり後半の後半くらいになったら、あるはずの町がなくて(バグ)、結局クリアできなかったという苦い経験もあります。当時は「バグ」という概念がなかったので訳が分からず、本来その町があるはずの島の1マス1マスを泣きながら「しらべる」して歩いたものです。
似たような経験で、コンビニのおにぎりが出てきた頃に「牛カルビ」のおにぎりを食べていたら、最後まで牛カルビが出て来なかった、なんてこともありました。当時の僕はすごい悲しそうな顔をしていたと思う。
Posted by 堀田 on 3月 4th, 2014 :: Filed under
日常

バスタオルで髪の水分を取るのが好きです。
お風呂上がりに髪の毛をバスタオルで拭くときに、ちゃんと拭くと、ちゃんと髪の毛の水分がバスタオルに移ると思うんですけど、あれが結構好きです。ちゃんと拭けば拭いただけ、バスタオルが濡れるわけで、そのときに、ああちゃんと水分が移動してるな、というのに感動を覚える訳です。何を言ってるか分かりますでしょうか。
それの何が感動するのかというと、物理な感じがしていいのです。物質がモノからモノへちゃんと移動する感じ。腕の水分だって一緒なんだけど、髪の毛についてる水分は、一本一本についてるから量が多くて、拭いたら拭いただけバスタオルが濡れるので、その物質の移動する感じがよくわかるのです。物理っていうか化学なんでしょうか。
でも僕は文系なので、この程度の事象で勝手に感動しているのだけど、理系の人、特に研究職の人とからしたらチャラくて仕方ないと思われてしまうのだろう。世の中のいろんなものはたくさんの理系の人か研究して開発したモノで溢れていて、文系の人間はそれを使ってああだこうだと喋ってるばかりで、本当に申し訳ない。全然分からないけど、塩基配列とかを日々使っている人から見たら、お前に水というモノの何が分かるのか、と思われてしまうだろう。
上の写真は水の3Dモデルみたいなものらしいですが、僕ら文系からしたらブルマからはみ出たケツだとしか思えない。あなたも最初見たときそう思ったでしょ!
Posted by 堀田 on 2月 27th, 2014 :: Filed under
日常

忙しいアピールをするな。
日曜日にCoCo壱番屋に行ってカウンター席に座ったら、店員の一人でリーダー格と思われる男が、異常なまでの高速でバタバタと動き回り、他3名くらいの店員に対して大声でテキパキと指示を飛ばしていたのだけど、それが何とも煩わしくて大変気分を害しました。一生懸命働くのはよいことだと思うのだけど、その忙しさを客にアピールしているとしか思えないほど、とにかく全てが大袈裟なのである。
まず目の前で高速でバタバタと作られても落ち着いて喰えないし、声も異常にデカいし、しかも「うん、今んとこ耳に聞こえたのは全部(頭に)入ってる」とか「(伝票の)6枚目からはまだ全然”見えてない”」とか「これはまるで東京マラソンだ」とか、とにかくやり取りの内容が妙にキザというか、カッコ付けているというか、こんな忙しい状態を華麗に切り盛りしている俺=すごい、みたいな感がすごく伝わってくるのです。
でも実際そんな言うほど混んでないし、そもそもこの程度でアップアップしてるお前の実力はどうなのさ、という気もするし、さらに言ってしまえば「たかがココイチじゃねえか」と言いたくなるわけである。申し訳ないけど、世の中もっと大変な状況の人もたくさんいるのだから、この程度でかっこつけないでほしい。客はおいしいカレーを食いに来たのであって、君の活躍を見に来たのではない。
学生時代からそうだったけど、本番の数日前から、忙しいのをアピールしてやたらめったらせわしなく動き回ったり、必要以上に人にキツく指示したりする人がいたけど、あれはマジで自分が無能であることの証明でしかなく、周りから見たらかなりかっこ悪いと思うのだけどなあ。
まあヤル気に満ちているのはよいと思うけど、「これはまるで東京マラソンだ」にはちょっと笑ってしまったよ。
Posted by 堀田 on 2月 25th, 2014 :: Filed under
日常
今日から一週間、修行の予定だったのですが、雪で荷物が届かなかったため登嶺できず、来年にまた行かなければならなくなってしまいました。
奈良に前泊していたのが無意味になってしまったことはまあいいんですが、今は、頭をすでに剃ってしまっていたこと、これが、重く重くのしかかってきています。
完全に、ただ突然頭を剃っただけの人になってしまいました。
こんなことってあるんですね。
しかしほんと荷物届かなかった時は一時、パニック状態に陥りましたよ。
駅で知らされて、電話口にほんと大声でキレましたしね。
いやまあ、キレてもしょうがないんですけどね、ただ、ちょっとやばすぎるっていうか、ほんとどうすんだよそれって感じで。
まあしかしほんと、今年と来年の不運はもう使い果たしたように思いますね。
今年と来年はたっくさんいいことあるかなあ。
パニックで思い出しましたが、最近は、ベイビーレイズの恋はパニックを時に聞いています。
このブログを読んでくれている奇特な方々ならもうご理解いただけていることと思いますが、僕好みの、非常にいい曲だと思っています。
Aメロっていうんですか、最初の辺りはちょっと微妙ですが、サビ前辺りからの流れは素晴らしいですね。
お・て・あ・げ、みたいなところなんて、ここ何年も聞いたことのない、最高の軽さでしょう。
会いたいよ、あたしをわかって、こんなにも好きなのに。
そんな感じの、鬱陶しい背景や感情という情報の重たさを一切感じさせない、圧倒的なまでにスッカラカンの軽やかさ。
あまりの軽さに、聞いていながら何cmか身体が浮遊してしまうような、そんなウキウキした感覚。
そう、恋のキラキラした感覚というのは、まさにここにこそあるのです。
ほんと、アイドルの曲ってのはこうあるべきですね。
アイドルのかわいさってのは、軽さ、ここにこそあるのだと、僕は断言してしまいたいくらいです。
挫折みたいな深い感情とか、ライバルとのドロドロした関係とか、まあ裏では色々あるんでしょうけれども、そんなものを見せるのは、僕とかみたいな気持ちの悪い人間がやっておけばいいのです。
アイドルは、とにかく軽く、太陽のようにまぶしく、それが一番なのです。
ほんと、次に撮ろうと考えている映画のラストで流したいくらいですね。
まあ、ベイビーレイズ関係者、僕の関係者、双方から、激しい反対を受けて、なんなら何発か殴られることもあり得るでしょうけれども。
ゲオでDVD借りようとしていた時に(エロいのとかじゃないですよ)有線から流れてきて、気になって歌詞ググって聞いてみただけなんですけどね。
いやー、ほんといい出会いをしました。
Posted by 北川 on 2月 18th, 2014 :: Filed under
日常

ペギラが来た!
昨日はすごい雪が降っていて、ペギラが来たのかと思ったほどでした。ペギラというのはウルトラQに出てきた冷凍怪獣で、普段は南極にいますが、たまに東京に来ます。
前々から言っているけど僕は寒いのが嫌いだし雪なんてもってのほかで、昨日は一日中家にいて寝ていました。雪できゃーきゃー遊んでいたのは本当に何年前なんだろう。小さい頃から雪はあまり好きじゃなくて、小学生くらいの頃に家族で「ザウス」という屋内スキー場に行ったことがあるけど、そのときも全然滑れないし、寒いし、何よりも足をとられることに小学生ながら異常にイライラして、かなりナーバスな精神状態になって家族を困らせた記憶がある。「スキーなんて二度とやらない!」とそのときに高々と宣言した。
僕にとってみれば、雪なんて災害みたいなものなんだけど、雪国で暮らしている人もいるわけで、つまりは雪と言うものを受け入れるメンタルが僕にはない。受け入れられるかどうかはつまり、日々の生活の中で雪対策がしっかりできていて、あまり被害を受けない状態まで持って行けているからだと思う。僕は厚手のコートもごつごつした靴も持っていないし、とにかく足をとられる状態を脱してないから、どうしても嫌いになってしまう。スキーも滑れるまで練習すればきっと楽しいのにね。
対策と言えば、ペギラは南極の苔からとれる「ペギミンH」という物質が弱点なのを知っているくらいです。これをミサイルに詰めて撃ち込めばやつは退散します(死にません)。
Posted by 堀田 on 2月 9th, 2014 :: Filed under
日常

写真は昔のバイト先です。
19歳から20歳くらいのころ、東京に出てきて始めてのバイトをしたのが、写真のカフェでした。人見知りなくせに「やっぱりバイトは接客業だろう」と思ってホールで入りました。当時から形から入るスタンスは変わっていません。なお、あとで聞いた採用理由は「面接のとき、なんか生意気だったから」だそうで。
我ながらよかったなと思うのは、若い頃にしっかりと接客の教育を受けられたというか、オーナーが言葉遣いにうるさい人で、「チーズケーキになります」とか「メニューのほうをお下げします」といったいわゆる「喫茶店敬語」を徹底的に直されました。この場合、「チーズケーキです(ございます)」、「メニューをお下げします」と言わねばならない。
おかげで社会人になっても間違った敬語を使わないで済んでいるし、後輩が間違っているのを聞くと訂正したくなってしまうようになった。実際、よかれと思って、新人とかには注意したりしています。面倒くさがられているかもしれませんが。
他にも当時びっくりしたのは領収書で、宛名に「上様」と書く文化があるのを全然知らなくて、お客さんに「上様で。」と言われたときに、「上様?(将軍?)」としばらくの間、全く意思疎通ができないことがありました。あのとき店長が助けてくれなかったらマジで「お殿様のことですか?」と聞いてしまうところでした。
Posted by 堀田 on 2月 5th, 2014 :: Filed under
日常

もうこれが答えなんですが。
東京に出て来て早14年経ちまして、山手線なんてもう何回乗ったか分かりませんけども、いまだに内回りと外回りがぱっと言えない。正直、これが分かっていなくても全く問題ないというのはそれこそ14年やってきて分かっているのだけど、シティ派を自認する上でこれは知っておかないといけない気もしていて、何かいい覚え方はないかと思っていました。
受験勉強では日本史が僕の中の稼ぎ教科だったのだけど、攻略法としてはありとあらゆる出来事の年号を語呂合わせで覚える、という手法を採っていて、これがセンター試験で9割は簡単に取れるといっても過言ではないくらい効果てきめんだったので(私立一本だったので関係なかったけど)、その経験から内回り外回りも何か語呂合わせでいけないかと色々思案していたら、ネットで「自動車と同じく左側通行」というすごく覚えやすいのがヒットしてしまった。語呂合わせがよかったのになあ。
ちなみに、歴史の年号はきれいさっぱり忘れてしまったのでお教えできませんが、リトマス紙の色の変化については、”あお“から”あか“に変わると”酸性”なので、”おかあさん”と覚えてください。
Posted by 堀田 on 2月 4th, 2014 :: Filed under
日常
弟から「たぶん好きなんじゃないかな」とSHISHAMOを紹介された。
誰でも気付くことである上に、他にも要素はあるけれども、まあ主だって若い頃のaikoをバンドにした感じであって、たしかに悪くない。
声もなんとなくかわいいし。
だが、どうにもこう、心にスコーンと刺さりはしない。
最近の曲ってのは、どれもそうだ。
別に心に刺さるような情熱的な曲を求めているわけではないのだけども、なんだろう、どれも今ひとつ心に響かない。
というか、そもそも情熱的であることを売りにした最近のバンドの曲ですら、有無を言わさず心に刺さってくるような感覚って、正直にいって全くない。
なんかただかっこつけてるだけか、ださく見えるようにしてるだけかのように見えてしまう。
昔の人より、みんな随分とうまいんだけどね。
最近の若い子ってのは、ほんと若いうちから色々うまいよね。
僕がこう感じてしまう原因ってのは、まあ多くは僕がおっさんだから、ということがあるのだろうけれども、それだけでなくて、なんだかどれもつくりが非常にロジカルなんだよね。
感受性に任せてつくりました、みたいなものも、全然そんな風には見えないというか、むしろそう見せるためのロジックにまみれているように見えてしまう。
別に何にも考えるな、感じろ、とかそんなわけわかんないこと言ってるわけではないのね。
あと、ロジカルに見えないための方法はこうだ、とかいうつもりもないの。
だってそんなことしたら、上に書いたように、そういうロジックで満ち溢れてしまうからね。
そうじゃなくて、どうしたらロジカルなものから逃れられるのか、そこと向き合って、闘うことがまず第一に必要なのだと僕は思うんだよね。
これだとロジカルに見えてしまう、これだとロジカルじゃないというロジックがバレてしまう、じゃあどうしたらいいんだろう、ここを何度も考えないといけない。
で、これがおそらく、最終的には、その人の作家性というか、作品をつくる時の倫理観として立ち上がってくる。
最近の人ってのは、早いうちから完成しちゃってるから、どうにもこの感覚を感じない。
だから、作品の細部同士が全然呼応しないんだよね。
たとえば、「僕に彼女ができたんだ」のサビのところとか、全然「僕に彼女ができた」感じがしない。
「みんなに自慢したい」感じもしない。
歌詞にロジカルにaikoっぽいメロディ乗っけて(逆かも)、それっぽく歌ってるだけだから、全てがエモーショナルに呼応しない。
こういうところって、歌詞を見ただけでこのメロディが浮かんだり、メロディ聞いただけで「彼女ができたんだ」っていう感情や情景がなんか伝わったりしちゃうくらい、ドンピシャっていうか、一体感を持ってつくられていない限りは、絶対に心に刺さらない。
そのためには、こうきたからこれ入れなきゃ、みたいなロジカルなことやってたら絶対だめなんだよね。
もう完全にそこだけぶっこぬきで、独立して成立するくらいの感覚でやらないとだめなんだと思う。
でもこれって、こうしたら売れる、みたいなマーケティングの理論みたいなやつが、一番の癌なんだと僕は思うんだよね。
だって、あんなにロジカルなものってないでしょう。
まあたしかに人は、そういうロジックで何かを買ったりするのかもしれないけれども、そういうロジックで人は作品に感動したりしてるわけではないと僕は思うんだよ。
aikoの桜の時とかだって、女の子の心を女の子の目線で歌ったから感動した、とかじゃなくて、CMで3秒くらい曲聞いた瞬間に「なんていい曲なんだ!」とか感動して、僕は買っちゃったわけね。
もうそんなもんなのよ。
色々なことはその後だよ。
だから、その3秒という細部をつくれなければダメなのだと僕は思うのよね。
その3秒を理解した上で、全ての意見ってのはあるべきであって、その3秒への理解がないところで偉そうにこうした方が売れる、とか語るから、今の色んな音楽やドラマみたいに、スッカスカの外枠だけしかないものができ上がるわけでしょう。
まあ、たしかにその方が金稼げるのかもしれないけどね。
でも、金稼ぎたいなら、普通の会社に就職して稼いだ方がよっぽど効率がいいわけでね。
だから金なんてのは、しょせん作品性を出せない人の言い訳ね。
まあこれは、ろくに金になっていない僕の言い訳であるけどね。
Posted by 北川 on 1月 30th, 2014 :: Filed under
日常
写真は関係ありません。
今日はブラックホールの出来事を見た。
まごうことなき傑作であった。
まずもって、構造が既に勝っている。
台詞も演出も演技も研ぎ澄まされている。
そして何より、沈黙をおそれない演出・演技が素晴らしい。
今回のような狭い、フラットな空間においては特にであるが、観客と演者が共有すべきは、人物像や物語や台詞等々ではなく、沈黙なのである。
沈黙の共有は、すなわち思考している時間そのものを共有することである。
人は、他者と会話をしている時には、他者と自己を差別化する。
人は、他者と沈黙を共有した時には、自己と他者が一体化する。
ここでのポイントは、沈黙を「共有」できるか、ということであるが、そのためには、沈黙をおそれない演出・演技が必要なわけである。
他にも沈黙については色々なポイントがあるが、まあとにかく素晴らしい。
内容に関しては、ネタバレになるのであまり書けないが、落とし所も僕は素晴らしいと感じた。
納得いかない人もいるかもしれないが、僕は、世界はそのようにできていると常々思っている。
もしかしたら、もっともっと不必要な、回収されない伏線というか、まあ要素が多数散りばめられていてもよかったのかもしれない、とも個人的に思ったけれども、今のシャープで硬質なつくりも素晴らしい。
何か賞とかとる可能性もあると思う。
他にも色々あるけれども、ちょっと今からやることあるので、とりあえずこの辺りで。
だいぶ席埋まってしまっているようですが、ぜひどうぞ。
傑作です。
Posted by 北川 on 1月 22nd, 2014 :: Filed under
日常
大変遅れてしまいましたが、あけましておめでとうございます。
年末年始だったというのもありますが、色々とけっこう忙しくて、なかなか書くことができませんでした。
まだ何ヶ月か忙しい感じなので、あんまり書けないかもしれませんが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
最近も時に映画見たりしていまして、先日、故あってソーシャル・ネットワークを見ました。
映画自体はそこまで、という感じでしたが、それとは別で、ほんとFacebookとかなくならねえかな、と新年早々思いました。
Facebookにアップするために写真を撮る、という発想が、そもそも僕には受け入れられません。
行楽地に行くと、「早く撮ってー」とか言って、片足を上げ、両手を目いっぱい広げるという明らかに不自然な状態で静止し、写真を撮ってもらって即Facebookにアップ、という人をよく見かけます。
なんというリア充詐欺でしょう。
そんな不自然な静止を演じてまで、自分は楽しい人生を送っているのだ、と他人にアピールしたいものなのでしょうか。
承認欲求の尋常でなさに、ちょっと引きます。
そりゃあ僕も時にさみしくもなったりしますが、人と繋がり続けることの面倒くささに比べたら、さみしさの方がまだましだ、とか思ってしまいます。
とにもかくにも、行楽地でリア充詐欺写メを撮っている人を見ると、だいたい小声で「けっ、詐欺師が、嘘つきが…!」と独りごちています。
全然関係ありませんが、他には、先日、かぐや姫の物語を見ました。
まあ他にも色々見てはいるんですが、このかぐや姫がまあ、本当に素晴らしい作品でしたね。
何回も体がぶるぶると震えて、嗚咽するくらい涙流しました。
宣伝では、姫の犯した罪と罰、とか言われていますが、みんなが知っているかぐや姫という物語を選んでいるという点において、既に、物語性やその解釈などというものはあんまり考えないでくれと、観客に監督が訴えているように僕は思います。
人々の顔、風にざわめく木々、そこら中を飛び回る虫や動物、落下する雨、雪、葉と、幾重にも折り重なった影。
きれいな音楽と歌声を聞きながらそんなものを見ていると、きっと体が底の方から、勝手にぞわぞわ震えてくるのを感じるはずです。
とはいえまあ、どこがいい、とか、実のところ、上に書いたようなことなんかじゃあ到底形容はできませんが。
まあとにかく、かなり遅れて見たくせにあれなんですが、見てくれと、そのように思いました。
では、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by 北川 on 1月 14th, 2014 :: Filed under
日常

洗濯物を取り込むのが遅いです。
自炊はしないけど、あまりクリーニングは使わないで、ちゃんと自分で洗濯して、干して、取り込んで、アイロンがけもやっています。ただ一度干してしまうと、本当にパンツとかシャツがなくなるとかしない限り全然取り込もうとしないので、下手すると一週間ぐらいずっと干しっぱというときもある。
別に忘れているのではなくて、何となく窓から見えるし、ああ取り込まなきゃなって思っているのだけど、やらない。で、結局雨が降ったりする。雨が降ると取り込むのかというと、だいたい家に帰ってくる頃にはもう結構濡れてしまったあとなので、この段階でも取り込まず、また翌日から干し始める、という感じ。もう1サイクル行こう、みたいな。
あと全然関係ないけど、下着泥棒って今ひとつ理解できない。きれいに洗ってあるパンツをGETしても何の意味もないんじゃないかと思ってしまうのですが。
Posted by 堀田 on 1月 8th, 2014 :: Filed under
日常

お恥ずかしい話ですが。
つい最近まで、江戸城(の天守閣)はまだあって、陛下は江戸城をちょっとリフォームして住んでいらっしゃるのだと思っていた。言われてみれば天守閣を見た事が無かったけど、それは江戸城(皇居)の敷地があまりにも広くて、端からは見えないのだとばかり思っていた。
でも先日皇居周りを散歩していて(シティ派)、せっかくなので敷地内に入ってみたら(入れるのも知らなかった)、奥の方に石垣だけあるエリアに来て、まさかここが江戸城なのかと愕然とした。これは映画「猿の惑星」のラストで歩いていた砂浜がニューヨークだった時の衝撃に近い。
絶対、天守閣を復元したら観光名所として盛り上がると思うのだけど、やっぱり大変なのかしら。あのオフィスビル街に天守閣がどーん!とそびえ立つ様子は素敵だと思うんだけどなあ。まあ、そんなカッコいいことしたら他のお城の人気がなくなって商売上がったりなんですかね。名古屋城とか。
Posted by 堀田 on 1月 4th, 2014 :: Filed under
日常

あけましておめでとうございまーす!
唐突ですが、たまに脳内でミサイル発射のイメージが映るときがあって、検索したらまさにドンピシャな画像が出て来ました。これ、特撮じゃなくて本物らしいけど、こんなの飛んで来るなんて戦争ってのは恐ろしい。撃ってる側も大やけどしている。
ちなみに調べてみたら、ミサイルとロケット弾の違いも勉強できました。推進装置だけで誘導装置を持たないのがロケット弾だそうです。てかミサイルは誘導装置ついてんのか!
なんでこんな物騒なものがたまに脳内でチラつくのかは不明ですが、今年もまたこんな感じで、気になったことを調べるきっかけにするブログにしたいと思います。
Posted by 堀田 on 1月 1st, 2014 :: Filed under
日常

ショートケーキが一番好きです。
僕はお茶をするのが大好きなので、年間にケーキは結構食べる方だと思う。その中でもなんだかんだで一番好きでよく食べているのがショートケーキだ。チーズケーキもタルトもモンブランも好きなんだけど、だいたい80%くらいの確率でショートケーキを選んでると思う。ショートケーキを選ばない場合は、メニューにそもそもないか、前日に喰っているかくらいだ。
女子のタイプも正直なところ、ケーキに例えるならショートケーキみたいな子が好きで、それはつまり、王道タイプと言いますか、誰がどう見てもかわいい、みたいな感じの子が好きですね。
しかしこの「ショートケーキ」という名前がなんかすごいガーリーな印象があって、これを好きだと口にするのは何となく恥ずかしい気がする。ショートケーキという字面にあの白と黄色と赤のブリブリな感じが印象づいちゃってるんだよな。「ザ・ケーキ」とか言う名前に変えてほしい。
読み返してみて、中盤のショートケーキみたいな女子が云々のくだりはいらないなと思いました。
Posted by 堀田 on 12月 27th, 2013 :: Filed under
日常