温泉
今日は相当だめな日だったな。
ここ二週間くらい、毎日気が滅入ることばかりでほんとよくない。
人は人生の間で何回も立ち上がらないといけないわけだけども、年々背負っているものが増えてきて腰がおかしくなってくるね。
一週間くらい温泉とか行きたいわ。
Posted by 北川 on 5月 24th, 2012 :: Filed under 日常
今日は相当だめな日だったな。
ここ二週間くらい、毎日気が滅入ることばかりでほんとよくない。
人は人生の間で何回も立ち上がらないといけないわけだけども、年々背負っているものが増えてきて腰がおかしくなってくるね。
一週間くらい温泉とか行きたいわ。
そういえば昨日、「両親が日食を見ている間に、二歳の子が三階から転落した」というニュースがあった。歩いて数分のところだった。
親だからといって聖人じゃあるまいし、常に完全であることは難しい。ゆえにぼくも自分の子供にいつ何が起きるか分からないと覚悟しているけれど、予期せぬ事態が起こったときに、少なくとも「不可抗力だったなあ」と思えるレベルには努力したいと思っている。
詳しい状況が分からないので別によそ様の家庭を批判するつもりはないけれど、自分だったら、日食に浮かれていたことをどうしようもなく悔やむだろう。自分の中で日食のプライオリティがすごく低いというのもあるのだけれども。あと、事故というのはたいていの場合、複数の要因が重なって起きると考えられているから、今回の日食でセーフだったとしても、ハッピーマンデーでアウトになったりする家庭もあるだろうと思う。
危険ラインをうろうろしている人たちは、「いずれにせよ」という結果が待っているものだ。工場に勤務している人はその辺、よく分かってるんじゃないかなあ。
ちょっと前に自分が書いた脚本を読み直してみた。
5ページくらい読んだところで、気が狂いそうになったのでやめた。
なんでこんなものを書いてしまったのだろう。
超下手だし、全くおもしろくない。
なんなんだあれは。
ちきしょう!
いや、ほんとまじで全くおもしろくねえ!
なんなんだあれ!
くそつまらねえ!
ふざけんな!
いやー、すっげえ後悔するわ。
そもそも、自分がつくったものってあんまり観返したりしたくないんだよな。
つくってる時は最高だぜくらいに思ってるんだけど、あとで観返すとたいてい吐き気するくらい下手だったりつまらなかったり陳腐だったりするんだよな。
なんか、つくってから期間あくとだめなんだよな。
客観的になっちゃって、悪いところばっか見えてきちゃうというか。
まあ、そんなこと言うと、一緒にやってくれた人に失礼だし、くそつまらないですとか言ってたら宣伝できないから、言わないように気を付けているんだけど。
ただ、誰かのせいで、とかそういうのは、いつも全く思ってないんだよ。
自分のせいというか、自分が責任負ってる部分のことで、許せないことが見えてくるという話ね。
で、こんなこと書いた後で言うのもなんなんですが、6月30日(土)の17時から愛知芸術文化センターで僕が監督したダムライフが上映されます。
たくさん批判されたりもしてるんですが、賞をもらったりしているということだけを頼りに、これは唯一、観直してもギリギリ精神崩壊せずに済む作品なので(多少はしますが)、お近くにお住まいの方いらっしゃいましたらぜひよろしくお願いします。
当日は登壇もする予定です。
まあ、まだ先のことなので、また近くなったら書きます。
肉眼で見ました。
今朝は金環日食で、僕は朝早くから出勤しなきゃならなくて、駅を出たころがちょうど日食の真っ最中だった。
あのメガネを買ってなかったので、仕方がなく肉眼で見てみたけど、目を細めて見てみるとなぜかちゃんと輪っかになってるのが分かった。人間の目ってすごい。
でも金環日食にはさほど興味がなかったんだけど、実際になってみると、太陽と月が重なっている様子そのものよりも、あのなんとも言えない薄暗さに、なんというか結構感動してしまった。
あの薄暗さは、他の自然現象では表現されない、全く新しい感じがした。何となく不穏な雰囲気の中、みんなが同じ方向の空を見上げて何となく浮き足立っている。全く地球ってやつはまた新しい顔を見せやがって、地球人がまたソワソワさせられて、終わったらまた普通に生活するっていう、何となく浅野いにおさんとかが描きそうな瞬間を生で体験した感じがした。
こういうときにルイ・アームストロングの「What a wonderful world」を流せば、「本当に素晴らしい世界だなぁ」なんて、そのまんまのことを思ってしまうのさ。
作業していて、こんな時間になってしまった。
ちょうど今あたりって日食なんだろうか。
なんか外が少し騒がしいし。
ただ、かなり眠いから今から寝てしまうんだ。
僕は、ワールドカップとかオリンピックとか花火とか花見とかだけでなく、こういうのにも悲しいくらい興味ないんだよな。
ほんとつまらなくてさみしい人間だよ。
こんな僕でも、大学一年くらいの時は、こういう時無理してテンションあげたりしてたんだよ。
あれはでも、ものすごく正直に言えば、ハブられないためとか、楽しい奴だと思われてモテるためとかにやってただけなんだ。
だからやっぱり、心のどっかではすごく冷めてたね。
あー、こういう時に素直に楽しめる人っていいよな、俺もそうなりたい、なんでいちいち敏感に悩んじまうんだ、とか思ってたし。
でも、こればっかりは変えられないからな。
しょうがないな。
しかも、今回のに関しては、サングラスとか通してしか見れないみたいだし、肉眼で直接見れないんだったらテレビとあんま変わらないし別にいいや。
そうやっていつもみたいに自分を納得させて、精神を安定させて、寝ちゃうんだ。
ほんとこういうところが、なんか社会性がないところなんだろうな。
だめだよな。
まあでも変えるのも大変だし、別にいいや。
街を歩けばかわいい子に当たるっていうくらい、ほんと最近かわいい子が多い。
年とってきたからハードル下がってきてるんだろうな、と思っていたけど、なんか意外とそうでもないんじゃないか。
オシャレとか体型とかそういうのもあるんだろうけど、たぶん、僕の思春期の頃よりも、現代はかわいい子の人数、確実に増えてるね。
時にはびっくりするくらいかわいい子とかもいるしね。
昔の人は、あたしらの時代は、相手がいるなんてのは一部の選ばれた人だけだったんだ、とかよく言うし、まあそれは事実そうだったんだろうけど、その時代の選ばれた人クラスの見た目の人って、現代ではその辺にゴロゴロいるんだよな。
いい時代になったね。
ただ、惜しむらくは、男は昔の方がはるかにかっこよかったっていうね。
最近の男はほんとどうしようもないからなー。
僕も含めて。
案の定、次の日の皇風の取り組みは見なかったけど、最後まで頑張って欲しい。
相撲は力士の勝ち負けの成績に応じて、先の対戦相手が変わる。つまり、番付が下位でも、勝ち続けて優勝争いに食い込んでくれば、なぜか終盤で大関や横綱と当たらされることになる。こういった「場に応じた」組み合わせは相撲協会が考えてるんだと思うが、はっきり言ってなんじゃそりゃ、と子供の頃は思っていた。
組み合わせは初日から千秋楽まですべて最初に決まっているべきだろう。途中から明らかにバランスを取り始める組み合わせなんて、そんなもんフェアじゃない。(もちろん、途中で怪我をして休場する力士はいるけれど)。まあ、百歩譲ってそれがありだとするなら、八百長であんなに騒ぐなってな感じだ。
でもね、相撲は好きですよ。ランクをしっかり付けて差別(区別)しているところがいい。行事も幕下の方は裸足だし。
室内やベランダに花を飾り始めた。
ベランダに適当な置き場がなかったので、余っていたスノコを使って組み立てた。
我が家には金づちもノコギリも釘もネジもある。
全部芝居用に買ったやつだ。
組み立ても軽々できた。
舞台に比べればこんなの朝飯前だ。
ほんと、芝居やっててよかったわー。
夕方、目が覚めると相撲をやっていて、新入幕の皇風(きみかぜ)がちょうど取り組みをしているところだった。彼はとくお組に出演してくれている本折くんの大学時代の相撲部同期だ。アナウンサーも久々の早稲田出身力士、として紹介していた。そこで、なんだか僕も誇らしくなって画面にカメラを向けた次第だ。
この取り組みではいきなり右上手をさされて土俵際まで一気に押し切られた。絶体絶命のピンチに陥った皇風だったが、最後にはたき込んで見事に勝利した。明日も応援してるぜ!見ないけどな!
毎日、お隣さんと管理人が戦っている。
お隣さんはかなり大声で抵抗しているらしいが、管理人には勝てないみたいだ。
ある日帰宅すると、お隣さんが居座りの抵抗をしていた。
断固、この場所からは離れません!
と言っている感じだ。
負けるなお隣さん!
最近の生活は、仕事、hulu、寝る、hulu、読書、hulu、huluみたいな感じ。あんまりいいラインナップではないんだけれど。韓国映画のサスペンス的なやつの面白みって、日本のパラレルワールドに見えるから怖いっていうのがあると、個人的には思う。ほとんど日本と同じなのに、ふとしたところが日本とは全然違う怖さがあるというか。かたつむりは平気だけどナメクジは怖い、みたいな。韓国を侮辱してるわけじゃないです。あとハングルの毛筆体が怖い。
同じことを韓国人も日本に対して感じているところはあると思うなあ。
僕は、フランス映画とか、小難しそうな映画が好きそうだとかよく言われる。
確かにロメール、トリュフォー、最近だとデプレシャン辺りは好きだ。
「友達の恋人」とか「逃げ去る恋」辺りは感動して席から立てなくなった。
ゴダールのも初期のやつは好きだ。
「はなればなれに」とかはよくて吐きそうになった。
でも、これら全ては別に小難しくはない。
非常に明解でシンプルな恋愛の映画だ。
機会があったらぜひ見てもらいたい。
で、何が言いたいかというと、僕は別に小難しいものが好きなわけではないということだ。
むしろベタなものが好きだ。
あと、そもそもフランス映画とかは別に小難しいものではない。
それに、小難しいものが罪だとも思わない。
でもまあそれはいいや。
で、今日僕がこの場で、最終的に、圧倒的に主張したかったこと、それは、僕はもはやきゃりーぱみゅぱみゅの大ファンだということだ。
冷静を装って、まあいいよね、くらいの感じのふりをしてきたけど、もう隠していられるレベルではなくなってきた。
完全にファンだ。
街で偶然見かけて、ジロジロ見てたら、向こうもなぜか「あ!」みたいな顔して「ひさしぶりー!」みたいに近寄ってきて、こっちが「え?」みたいに動揺してたら、「あ、人違いだった。ごめんなさい。」とか言われたら、なんとなく卒倒すると思う。
過呼吸とかで。
ほんとただのファンだね、もうこれは。
今日は打ち上げだった。
今はかなり酔っている。
ちょっと今日までは、一昨日は別件の打合せみたいなのがあって、昨日は寺の行事だったため、疲れが全く抜けなくて、なんか更新できなかった。
ごめんなさい。
今日は法事を四つやってから打ち上げに行った。
非常に華やかで楽しかった。
今日もそうだし、現場でもそうなのだけど、僕は基本的にこの一ヶ月半、写真家の黒田光一さんとばかり話していた。
で、気付いたのだけど、もはや僕は黒田さんを愛してしまっている。
とてもセンスが良くて、おしゃれで、博識で、ユーモアと毒があって、いい人で、でも臆病で、そして何より、僕のことを理解してくれていて。
そんな人を愛さずにいられるわけがない。
まあ、黒田さんは男だし、僕はそういう趣向はないから、変な誤解はしないでね。
なんというか、尊敬というか、友情みたいなやつね。
そういうわけなので、ぜひ皆さん、黒田さんの写真集とか見てみてください。
ぶっとびますよ。
近所に図書館が二つあって、一つはよく使い、他方はほとんど使わない。で、ほとんど使わないほうの図書館から昨年末に借りた本を返していなくて、連日留守電に「返してください」と連絡が入ってくる。
申し訳ない。本当に返さなきゃいけないと思っているのだけれど、どんどん留守電の声が怖くなっていって、しまいには最近、それが男の人の声になって、返しに行ったら殴られるんじゃないか、そうだ、閉館しているときにポストに入れよう、そうすれば接触無しに返すことができる。そう思って、また二ヶ月が経った。
ちなみに二冊借りていて、二冊とも読んでいない。明日返そう。
白馬のスキージャンプ台ラージヒル。
人はなぜこんなものを競技にしたんだろうか。
絶対はじめは死刑とかに使ってたんじゃないだろうか。
うまく着地できたら放免みたいな。
そしたら意外とうまいやつがいて「私はこうして放免された」って本を書いたら大当たりして、放免者続出。
で、この死刑制度は廃止されたものの熱狂的なやつらが滑走しまくって、危ないからスポーツにしちゃえってことで、始まったんだろうなあ。
したに降りたら小学生の選手候補生たちがひたすら練習してた。
子供のうちからやらないと、無理だな。
大人になってからじゃ、無理だな。
しっかし、ほんと、めちゃくちゃ高いよ、ここ。
堀田だったら下から見上げただけで気絶だよ。
オープンから約40日。やっとお隣さんが越して来た。
夫婦でせっせと家具を運び込んでいるようだ。
挨拶しようとすると飛んで行ってしまう。
シャイな夫婦だ。
しかし管理人とは早くもなかが悪いらしく、運んだ家具をことごとく捨てられてしまっているらしい。
でもめげずに運び続ける夫婦。
この攻防、いつまで続くか。
はたして夫婦はちゃんと引っ越しできるのか!
頑張れ新婚夫婦!
俺は応援しているぞ!
メイキングとしてなのだけども、初めて商業映画の現場に三月下旬くらいから連日入っていて、それが無事クランクアップして、さっき帰ってきた。
まだ若干撮らないといけないものがあるのだけど、とりあえず終わった。
かなり疲れた。
しかしかなり勉強になったし、ほんといい人ばかりだった。
いやーしかし、ほんととりあえずなんとか乗り切れたぜ!
ほんとよかったぜ!
来年公開の映画なのだけども、今年中から宣伝とかの際に、僕が撮って編集した素材がテレビとかで流れる予定なんで、ぜひ見てやってください。
あと、DVDに僕が監督したメイキングが封入されるはずなので、それもぜひよろしくお願いします。
本編も見てね!
とりあえず、明日も早くから他のこと入っちゃってるんで、もう寝ます。
犬お飼うかウサギを飼うかで悩んでいる。
幼稚園にウサギがいるのだが、めちゃくちゃ可愛い。
なんも考えてなさそうなところが共感するというか、できれば俺もウサギになりたい。
ウサギ!可愛い!
しかし、意思疎通で言えば、断然犬だろう。
ウサギは多分なんも考えてないから、餌の時しか近寄らない感じだろう。
それに比べ、犬には表情があり、なにより言葉が通じる。
犬!犬!わん!
どっちがいいかなあ。
迷うな〜。柴田洋佑
今日で撮影は終わる予定だったが、雨で持ち越しになった。
ちょっと前に友達に子供が生まれた。
非常にめでたいことだ。
その際、「もうバンバン塾とか行かせちゃうんだ?」と聞いてみたら、「いや、俺は勉強なんかできなくていいと思ってるんだよね。もっと自由な感じで、やりたいようにやらせるというか、元気であればそれでいいよ」と返された。
これは一見、子供のことをすごく考えている、優しい発言に聞こえるけども、僕ははっきり言って、全くそうは思わない。
これはただの、責任放棄や言い逃れだ。
元気があるのとないのだったら、元気があるのがいいに決まっている。
それと同様に、勉強ができるのとできないのだったらできるのがいいに決まっている。
そもそも、勉強ができることはイコール元気がないとはならないだろう。
これは、自由という名の不自由というか、自由面した不自由というやつで、僕が本当に嫌いな考え方だ。
やりたいようにやらせるっていったって、何の判断もできないガキなんかにやりたいことなんてわかるわけがない。
それに、やりたいことが学者になることだったらどうするんだよ。
本当の意味でやりたいようにやらせるっていうのは、あらゆるものになれる可能性を最大限に高めてあげることなのであって、放任するっていうことではないよね。
放し飼いにしてる猫じゃないんだから。
なんでこんな話をしたのかというと、ちょっと話が違うし、あと、今回の仕事の場合は違うのだけど、結婚式のとか細かな映像の仕事を受けると、だいたい「やりたいようにやってくれてかまわない」みたいなことを言われるからなんだよね。
そんなこと言われても、やりたいことはないというか、基本的にはそもそもやりたくない。
仕事を振ってきているのは依頼側なわけだし、やりたいことってのは当然のことながら依頼側にあるはずなのだけど、何も考えてないからなのか理由はよくわからないけど、いつの間にかやりたいことが受ける側にあることになっているんだよね。
当たり前のことなのだけど、こっちはやりたいとかそんな感情は全くなくて、ただ頼まれたから善意で受けているだけ。
まあ「やりたいように」っていうのを「専門的なことはわからないし、思い付かないから、適当に成立させてくれ」みたいな意味で言ってることは理解しているけどね。
それでもやっぱり、言われた時はすごい違和感あるんだよな。
あと、書いていて思い出したけど、昔、バイトしていた時に、ちゃんと仕事はしていたのだけども、なんかやる気がない感じでやっていたら、いきなり女性の上司に「もっとやる気出していかないと、このバイトで上の方にいけないよ!」とか怒られたことがある。
あれも本当に意味がわからなかったな。
僕は一度も、このバイトで上にいきたいですとか、このバイトがやりたくてやりたくてしょうがないですとか、言ったことはなかったのだけど。
まあ、もしかしたら「上にいきたい?」とか聞かれて、否定するのもあれだし「まあ、そうですねえ」とかくらいは言ったかもしれないけど、そんな、それで一生食っていってやるとか、そんなこと思いながらバイトやっている人なんて普通に考えていないだろう。
何が言いたかったのかよくわからなくなってきたけども、久々にダラダラ長く文句を言って、少しすっきりした。