冬
冬が嫌い。
今日は仕事で千葉方面に行かねばならず、6:30蘇我駅集合だったので始発で移動した。
夏はいいけど、冬は起きてから駅に付くまで真っ暗だからすごくゲンナリする。あと寒いし。
外を歩いてると涙が出る病も発病するしな。
Posted by 堀田 on 12月 4th, 2011 :: Filed under 未分類
冬が嫌い。
今日は仕事で千葉方面に行かねばならず、6:30蘇我駅集合だったので始発で移動した。
夏はいいけど、冬は起きてから駅に付くまで真っ暗だからすごくゲンナリする。あと寒いし。
外を歩いてると涙が出る病も発病するしな。
雨が嫌い。
最近は休日出勤が多くなってきていて、今日も会社に行ってきた。
休日出勤のコツは昼以降に行かないことだ。
普通に朝9時に出社したらかなり仕事ができるし、平日では難しいアフターファイブを楽しめる。
逆に昼とかから始めると気がつけば夜になりかけていて、あー今日は一体なんだったのよ、となってしまう。
ということで、今朝は早起きしてちゃんと9時に会社に行ったんだが、雨が降ってて、しかも靴がもう何年も履いてるやつだから浸水しまくってびちゃびちゃになった。
イケメン後輩くんは昼から来て「昼から止むって聞いたんでゆっくり来ました」と涼しい顔だ。
爽やかなやつだ!嫌いじゃないぜ!
その頃僕は缶コーヒーを足元で転がしながら暖を取っていたよ。
そのあとちゃんと飲みました。
どうでもいいけど、さっきから「ちゃんと」って打とうとすると「チャン・ドンゴン」が先に出てくるけど、最近の携帯てすごいのな。
ジャッキーチェンはやってみたけど出なかったのに。
ビックマックが200円だ。
ナイスプライスだ。
でまあ、そのトレイについていた広告。
やりすぎだ。
いくらなんでも、ビックマックはこんなにもりもりではない。
パンも肉も二倍の厚さだ。
というか、マックはビックマックをこういうイメージで売り出していたのかと驚いた。これは全く詐欺な話である。
身長のさばも流石に倍の数字は言わない。
「僕の身長ですか?3m40センチですね。」
言わない言わない。柴田洋佑
ここ一週間は22時に寝て3時とか4時に起きる生活だった。別に新聞配達とかしているわけではないのだけどなんとなくズレて。あと、風邪をひいているのだが、ようやくよくなってきたような気がする。
普段、夜中まで起きていて思うのは一番冷えて切ない気持ちになるのは4時だということだ。4時になったらいよいよこの世で起きているのは自分だけではないか、という気持ちになってくる。2時も3時も孤独なのに、4時はさらにすごい。実際、劇団ホームページの来訪者とかを時間別に見られるやつがあって、昔見てみたときには3時までは少しいるのだけど、4時にはゼロになって5時にまた少し出てくる、というような感じだった。
写真は3年前のリアルラスベガスの舞台写真だけど、高良が今とあまり変わってないとか、柴田が若いとかいろいろ思うけど、まあ、一番はこのときの痩せてる北くんより、今の北くんの方が健康的に見えて好きだな。ということ。
何かをつくる時というのは、常にかっこつけマンな自分との闘いだ。
男というやつは、気を抜くとすぐかっこつけてしまう。
それならかっこ悪いことをやればいい。
そう思うかもしれない。
だが、そうじゃない。
ここって意外とわかっていない人が多いが、かっこ悪いことをやっているものも、あえてやっているという意味では、かっこつけてしまっている。
しかも、それは見る人によってはバレる。
だから、本当にかっこつけていないものをやるためには、非常に繊細な感覚が必要になってくる。
かっこつけていない、かっこ悪くもしていない、いたって普通、なのにかっこいい。
そんなラインをつかないといけない。
今日、超かっこつけてる人を電車で見かけて、そう思った。
好みって何だろうか。
例えば、女性の顔とかに好み。
これには、その顔が美的に整っているかどうか、という絶対的な尺度がまずある。
しかし、それとは別に、「俺は、ブスだけどこういうのが好き」というのもある。
これは好みだ。
ツボと言ってもいい。
しかし、ここで間違えないで欲しい。
好みだとしても、その顔は、ブスだ。
美人ではない。
つまり、好みと絶対的な尺度というのは別の次元の話だ。
絶対的な尺度というものを理解した上で好みを語らないと、美的感覚の崩壊した、ただのブス専になってしまう。
では、これが、映画になった場合は、どうだろう。
顔と違って、尺度は非常に複雑なものになる。
簡単には分析できないし、映画によっても色々異なってきてしまう。
だが、基本になるのは、つくり手の狙いや内容を適切に理解した上で、それが好きか嫌いか、というところになる。
狙いや内容を理解しないで好き嫌いを語ってしまうと、その人はただのブス専になってしまう。
ちょっと長くなりそうなのでここでやめてしまうが、何を言いたかったかというと、今の時代はブログやらTwitterやら色々個人で語ることのできる場が増えたけれども、映画とかを見て色々語るためには、ブス専にならないよう、勉強してしっかり狙いや内容を把握していかないといけないよな、ということだった。
今年も残すところあと一ヶ月となった。
30も目前だ。
いやーなんかさみしいね。
ありがとう、2011年。
震災とか色々あったけど。
多目的トイレで用を足す。
昨日、とある市役所の多目的トイレでうんこしました。車椅子の人向けのトイレでもあるので、当然ドアの開閉はボタン式、便座からドアまでの距離もたっぷりある。
このボタン式というのがどうにも不安で、物理的に金具を引っ掻けてる訳じゃないから、なんかの誤作動でウィーーーンって開きそうな気がして恐い。
さらにそうなった場合、便座からドアまでの距離があるので、すぐに閉じるとかもできず、ただあたふたしながらウィーーーンってゆっくり恥ずかしい格好があらわになってしまう。
さらにひどいのは開けた側もびっくりして、そのまま閉めずに走り去ってしまうパターン。
そのまま素知らぬ顔で最後まで続けるしかなくなる。
今日、友人から「普段はめちゃくちゃいい人だけど、映画とかネットとか、対ヒトじゃなくなると、最低の人間になる」といったようなことを言われた。
本当にその通りだと思う。
このブログとかを読んでいるだけの人が、実際の僕に会ったら、あまりにもいい人でびっくりするだろう。
こういった場合、どっちが本当の僕かというのは、おそらく実際に会った時の僕ではなくて、このブログなどの方なのだろう、と思われると思う。
だが、本当のことを言えば、それも違う。
実際に会った時の僕ほどではないだろうが、僕は本当は、このブログでの僕よりは遥かにいい人だ。
というか、よくわからない。
自分がどういった人なのかとか、実はあまりよくわかっていない。
正直、日とか天気とか気分とかによるし。
でも、それでも生きている。
だから、それでいいじゃないか。
外で仕事をするときには最近はパソコンを持たずにiPhoneと携帯キーボードで済ませていて、それで十分なはずなのにテザリングのアプリに1300円も浪費してしまった。テザリングというのは外でノートパソコンをネットにつなぎたい時に、iPhoneがルーターがわりになってネットにつなげるというあれですね。イーモバとかWiMAXみたいなもん。
このままいったら確実にアプリ貧乏になると思う。アプリをみんなに作らせるなんて、うまいこと考えた商売だな!
自転車を無くした。
先日、黒木さんのイベントに遅刻しそうになって、チャリ(名古屋でいうケッタマシーン)に乗って駅まで行って、停めるところがないのでドンキの前にとりあえず停めた。
土日の一日だけなら撤去されないことを知っていたからだ。
ところがその日はタクシーで帰ったので、回収しないまま放置してしまい、さらにド忘れしてて一週間ほどそのまま放置してしまった。
多分、目の前を何度も往復していたのにだ!ごめん自転車!
気づいたときには既に遅し。完全に持っていかれていた。しかも忙しさにかまけて防犯登録をしていなかったので、自転車と僕を紐付けるものが何もない。
よって、撤去の通知もなければ、どこにあるかも正確に分からないし、例え取りに行っても自分の物だと証明する術もない。
こういう状況下でも自転車は取り戻せるんでしょうか。
なんか「生活笑百科」みたいになってきた。
加湿器を買おうと思って。
乾燥の季節になってきたので加湿器をネットで探していた。もちろん「加湿器 おしゃれ」で検索だ。
ただ加湿器って結構高く、意外にでかく、いいのが見つからない。おしゃれなのはあるけど15000円とかするし、アロマもできます、みたいになってて、アロマいらないから安くしてくれねーかなーとか思っていたら。
ちょうどいい価格でかなりコンパクトでおしゃれなのがあったので、これだなとか思って購入したあと、よく見たらそれは加湿器でなくて、アロマディフューザーだった。急いでキャンセル。
危なくアロマ焚きまくるおしゃれ部屋になって、アロマ堀田とか言われて笑われるところだった。
今日は俳優養成講座みたいなので講義を行った。
大変優秀な役者さんが多かった上に、PFFで一緒だった武田さんという信用できる映画眼を持った方助手に入ってくれていたので(かなり緊張したが)、そこそこ実験的な内容のものを行ったにも関わらず、とても有意義に行えた。
やはり現場で何かをみんなで作り上げていくというのは、とても楽しいし、エキサイティングなことだな。
それとは全然関係ないが、いま電車で目の前にマスクをした女の子がいる。
かなりかわいい。
人間というのは、見えない部分をよい妄想で補間してしまうものなのだな。
いやーすごくいいわ。
マスクして生きようかな。
電車に乗っていたら、近くに2人組の若い女の子が乗ってきた。
二人はお互い向かい合わせに座るなり大きな声で言うには
「さっきのおじさんうざかったね!」
「ね!てか近くにいるけど!」
「知ってるよ!だから聞こえるように言ってるんだもん!」
「キャハハハハハハハ!」
・・・品がない、下品というのはまさに彼女たちのことだと思った。
見れば、二人とも結構かわいいじゃないか。
それなのに、彼女らの言動はあまりにも醜悪である。
おじさんが何をしたのか知らないが、本当に災難としかいいようがない。
これがもし近くにすごいイケメン風の男が立っていたらどうしただろう。
彼女たちは絶対にこのようなことをしないはずだ。
きっとかわいい感じを装って決して大声でおじさんに絡んだりしない。
君たちは確かにかわいいかもしれない。
ただ、今の瞬間から、君たちはブタ以下の、ダニ以下の存在のようにしか見えなくなった。
それにもし、そのおじさんがキレた人で、君たちに切り掛かってくることもありえるだろう。
その辺りのリスクを考えて発言した方がいい。君たち女性の力など男が本気になれば簡単に捻り潰されてしまう。
もし万一、おじさんが切り掛かったときは、僕を含め我々は全力で君たちを助けるだろう。
しかし決して誰も君たちに同情はしない。
とまあ、そんな風にブログで嘆いていても何も生まれない。
本当は注意してやりたいところだが絶対に返り討ちだ。
「ああ、神様、今の一瞬だけ俺をヤクザにしてください!」と思った。
そしたら彼女らの近くに立って
「ヨオ、お嬢ちゃん達。俺の連れに何か用かい?」
と言ってやるのだ。そしたらすぐに黙るだろう。
結局、短時間で見たときの最も強いものは「暴力」である。
それを凌駕できるのは、もはや天皇陛下の持つ「気高さ」しかあるまい。
今日は街に人が多かった。
どこに行っても、すさまじい量だった。
そんな中、子連れの女の人を見かけた。
何を喋ってるんだかはよくわからなかったけど、「お前さあ〜」みたいなことを子供に向かって話していた。
あと、電車の中でカップルが話しているのを盗み聞いた。
女の人は男に「親にお前って言ったらいきなり怒られてさ。普通にお前って言うじゃんね」と言って、男は「そうだね」と答えていた。
あ、普通に言うんだ。
そうか。
そうなのか。
本当に下品な時代になったもんだ。
目を隠すだけで、何でこんなにも怪しくなるのか。むしろ怪しいというか、怖い。しあわせな写真のはずなのに、怖い。
小学生のころ、心霊写真がはやって、こんな写真だらけでめちゃくちゃこわかった。心霊の部分より、まわりのこいつらのほうが怖かった。
ピンクチラシとかもこういうのあるかど、全くいやらしいとは思わない。
それから、恐縮なんですが宣伝させてください。
乞局、今日初めて全部通しました。
最高に面白いです。
是非予定をあわせて観に来てください!
脚本を書く上で最近欠かせないのが、無印の「週刊誌ノート」だ。これには思いついたことも書くけど、基本的には舞台図と絡めた人物の配置や動きを描くために使っている。
映像の世界で言う「絵コンテ」みたいなものだろうか。絵で描いておきたいものは、まだなかなかパソコンで描きづらいので紙に書くしかない。後々、稽古で演出するときのミザンスもここに全部描いていく。ここに立って、ここまで歩く、とか。
つまり、これを紛失してしまうということは即ち、胸の星を失くしてしまったドロンパのようになってしまうことに等しい。
たとえが古くてわからなかったと思いますが、力が出ないということです。
うまいもんを食った。
家の近くに小さい和洋食のお店ができて、毎日繁盛している。
何でも赤坂だったかどこかだったかでお店を持っている人が、なぜか小さい店を構えてこじんまり始めたらしい。
本当にあるいて1分くらいのところにあるので、逆に入りづらくて遠慮していたのだが、
昨日ついに、ランチを食べてみた。やはりうまかった。1000円でこれはよい。
ちょっとテンションが上がってしまってブログ用にと写真を撮ってしまった。
まるでブロガーみたいだな、とか思ったけど、実際ブロガーである。
なのに何だろう。このブロガーとしての自覚のなさは。
てかブロガーって響き、なんかカッコ悪いな。
草食系男子とか本当にしょうもない文化だと思っているけども、最近は確かに女みたいな男が増えたと思う。
性欲隠しながら「え、これかわいー!」とか言ってる男とかほんと鬱陶しいぜ。
お前の性欲、俺の鼻にはぷんぷんにおってきてるんだからな。
気を付けろ。
というか、男も弱くなりすぎだけど、そもそも女性も強くなりすぎだよな。
しかも、なんか女の人がいう女のかっこよさみたいなの、全然かっこよくないんだよな。
かっこいいって、なんていうか、江角マキコみたいなのじゃないんだよな。
自分らしさとかを主張することって、別にかっこいいことじゃないわけ。
むしろださいことなんだよな。
自分なんかどうでもいいんだよ。
愛する者のために自分を投げ出せることの方が、はるかにかっこいいことだから。
ほんと鬱陶しい世の中だぜ。
妹の結婚式に行って来た。
カメラをずっとまわしていたのだが、兎に角素晴らしかった。
サプライズでまさかの新婦のエスコートもさせてもらった。照明にてらされてにへらにへらしてしながら会場を練り歩いてしまった。
なんか自分の結婚式を思い出して、あれ?俺新郎だっけか?なんて錯覚さえ覚えた位だ。
かなり気分のよいものだった。
いつも思うのだが、上司の挨拶というのはなんであんなに明確にてきかくにまとまってるんだろうか。
毎度惚れ惚れしてしまう。
やっぱ、練習してんのかな?
とにかくおめでとう!
末長くお幸せに!柴田洋佑