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セミ

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玄関を出ると、黒い影が目の前を舞った。
セミだ。
もう夏は終わりだというのに。
鳴き声を発しないところを見ると、オスなのだろう。
相手を見つけられないまま、夏の終わりを迎えてしまったのだろうか。

道路に出ようとすると、玄関の方から音が聞こえる。
バン、バン、バン!
何かが玄関に激突する音だ。
戻ってみると、さっきのセミがうちの玄関に何度も突っ込んでいっている。
触覚が取れ、頭も変形し始めているが、彼は何度も何度も玄関に突っ込んでいっている。

「おい、なにやってんだ。…おい、死んじまうぞ。…おい、やめろよ!」
僕は彼の羽をつかみ、彼を止めた。
「旦那、止めないでやってくだせえ…」
そう言った彼の目には、涙が光っていた。
僕はその場に座り、彼の話を聞くことにした。

「自分、幼虫の頃から、仲良くさせてもらってる女の子がいたんです。セミ子ってやつなんですけど…。それで、地上に出たら、この家の玄関で会って、きっと一緒になろうなって、約束してたんです。…でも、女ってのは、成長が早いですからね。自分よりも1ヶ月早く、地上に出ちゃったんすよ…」

女の成長は早く、そしてそれ故、その春も短い。
セミ子はきっと、別の男を見つけ、幸せな生活を送り、そしてその生涯を終えてしまったはずだ。

僕は、言葉を選びながら、ゆっくりと彼に話し始めた。
「そうか。…あのな、セミ夫、言いづらいんだけど、セミ子はもう…」
「旦那!」
セミ夫は呼吸を整え、言葉を続けた。
「旦那、それ以上は、言わんでくだせえ。…自分、今日で地上に出て1週間なんです。最後は笑って、死なせてやってくだせえよ」

重い沈黙が僕らを包む。
セミ夫は、少し笑い、よしと言って立ち上がると、僕に微笑みかけた。
「ありがとうごぜえます、旦那。…自分、地上に出られて、よかったです」
そしてセミ夫は、再び玄関に激突し始めた。
「セミ子…セミ子…セミ子!」

僕は、彼にかける言葉を何一つ持ってはいなかった。
ただただ、呆然とその場に立ち続けた。

と、その時だった。
「セミ夫さん、セミ夫さん!」
何度も何度も叫んだのだろう。
しわがれた声と共に、一匹の老婆蝉が玄関元に飛来した。
セミ夫は、ぴたりと止まり、老婆蝉を見た。
「セミ子…セミ子なのか?」
「うん、あたし、セミ子よ」
「へへっ、なんだよ、随分変わっちまったな。なんだよ、その皺」
「セミ夫さんだって、随分じゃない?感動の再会だってのに、触覚もないじゃない」
二人は涙をその目にためながら笑った。

「よし、始めるか!」
「うん!」
そして二人は、交尾を始めた。

「だめだ、触覚ねえからなんにも感じないわ」
「あたしも年とってるから細胞死んじゃってて…」

夏は終わった。
明日からは秋だ。
僕は、夏の空気を思い切り吸いだめし、家を跡にした。


Posted by 北川 on 9月 15th, 2009 :: Filed under 未分類
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4 Responses to “セミ”

  1. もち
    9月 15th, 2009

    この話、映画化決定ですね
    涙・涙の感動セミスペクタクル的な

  2. 北川
    9月 17th, 2009

    いいですねー!最後はエロいんでR指定になりますね。セミだから大丈夫かもしれないですけど。

  3. 黒木
    9月 17th, 2009

    単純な子孫繁栄を望んでいない蝉が一匹でもいる自然界。
    素晴らしい。
    映画化良いな。
    そういえば昔、内のs・yという役者をしている男が「セミ」というタイトルで非常にシュールな映画を撮ろうとしてたが…皆に反対され撮影は中止になってよかった。

  4. 北川
    9月 17th, 2009

    おお!ありがとうございます!
    書いてよかったです。
    危うく先を越されちゃうところでしたね。僕は反対されても映画化したいと思います!

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