とくお組
2003年慶應義塾大学の2つの劇団(劇研・創像工房in front of.)のOB・現役を中心に旗揚げしました。主にコメディを作っており、宇宙船の機関室や画家の脳の中といった「非日常」世界で、キャラクターたちの心理や言動は「日常的」に描くという作風です。HPにて主宰・徳尾浩司の会社員コラム連載中。
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披露宴コントの作法
[日常] 走ってますよ。まだ走ることの喜びを見いだせずにいますが。
子供の頃は冬になると持久走がイヤだったし、部活で走るのもイヤだった。高校最後の持久走が終わって「これで一生走らなくて済むんだ!」と晴れやかな顔をしていたのを思い出します。それからずっと15年あまりちゃんと走らなかったし(大学でもなぜか演劇部なのに走ったりしていたけど)、やっぱり根本的に走ることが好きではないから、続くかどうか不安でいっぱい。
救いはどれだけ走ったか、スピードはどれだけだったか、消費カロリーはどれだけだったか、等、事細かくスマホに記録されることでしょうか。成果が可視化できるのは大きいと思います。
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ミュージシャンって、知人の結婚式のために曲を作って歌ったりするでしょ。
で、それが結構グッとくる良い曲だったりして、のちにCDで発売されたりなんかする。その結婚式に参加してないのに、想像してグッときちゃったりする。これだから音楽の力ってすごい。ミュージシャンってカッコイイ。それを聴いた新郎新婦だって、間違いなく感動しただろうし、一生の想い出になっただろう。
それに引き換え、我々はどうだろうか。作家・役者とは名ばかりの自称パフォーマンス集団である私たちは「コントをやってくれ」と頼まれることがあり、一日二日、なんだったら三日ぐらい稽古する。「素人の余興とは違うんだ」という思いを胸に、一生懸命稽古する。僕もこの十年で何本の結婚式コントを書いただろう。結婚する親友のために、その友達を笑わせるために、一生懸命考えた。
ところが、努力のわりにこれが参列者に喜ばれたかというと、そうでもなかった。なんせ「誰だよ、この人たち」という完全アウェーの状態から入るうえ、充分なスペースもなく、声もまったく通らないのだ。結果、「なんだか売れない劇団員たちが騒いでいる」という情報だけが参列者たちにじわじわ伝わっていくという惨劇を、幾度となく繰り返してきた。
基本的に、披露宴会場は外国だと思ったほうがいいと思っている。つまり、言葉で何かをやろうとしてもダメなのだ。そして、笑いもダメだ。普通にやっても、新婦のゼミ友とかがやるラッスンゴレライに負けてしまう。まず、あんなところで何をやっても、基本的なテキストが伝わらないのだ。
ということで、十年の経験で培った「伝わるコント」を、我が劇団員、堀田尋史の披露宴では必ず実現したいと今から燃えている次第である。
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日常 日時: 2015年11月10日 21:25 |
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