身体は何を理解しているのか
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[日常] たまに原付バイクで、カーリングのような遊びをしている。

カーリングのルールは詳しく知らないが、要するにストーンを適切な場所にうまく止められるか(当てられるか)どうかの技術が問われるスポーツだろう。

ぼくは最近、原付に乗っていて100メートルとか200メートル先の信号が赤に変わると、そこでブレーキを掛けずにアタリを付けた場所からアクセルを放して、自然減速に任せることにしている。

そして信号待ちの白線でちょうど止まることができたらOK(うれしい)、止まれなかったらNG(かなしい)という遊びだ。どっちにしろ悲しいという説もある。

それでも最初の頃はすごく手前で止まってしまったり、余裕で白線を越えそうになったりしていたが、今ではほぼ目的の1,2メートル範囲内で止まることができるようになった。スピードと距離の関係を、理論ではなく身体が理解しているのだ。

とはいえ、ぼくの身体は何を根拠に「ここでアクセルを放そう」と決めているのだろうか。周囲の景色はいつも変わるし、原付のスピードも違う。それでも、ぼくの身体は何かの情報で確信を得ているのだ。

信号とゴール地点と自分の三点を結ぶ距離感覚か。部屋とYシャツと私。


日常 日時: 2011年03月27日 23:50 | 

とくおNOW

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